『ESTARTE』で日本の伝統文化を海外に
――ブランド開発で技術継承の課題にも挑む
『ESTARTE(エスタルテ)』は、2016年に誕生したプライベートブランド。金閣寺や西陣織に代表される日本文化の伝統的な素材「金箔」を使い、日本の芸術品を世界に発信する想いを込めました。服飾雑貨事業部で20年のキャリアを持つ小川さんに、日本の伝統文化を世界に発信する挑戦、技術継承に取り組む意義、ブランド開発の面白さについて聞きました。
目次
「金箔」という日本の伝統的な素材でブランドを創出
─ 『ESTARTE』の商品をお持ちいただきましたが、素晴らしいですね!
バッグ、長財布のそれぞれに金箔を用いています。しかし、びみょうに色が違います。というのは、金のほかにプラチナ、銀、銅の合金の箔を用いているからです。銀を混入させると白味を帯びた輝いた色になりますが、いぶすと緑や赤に変わります。銅を混入させると渋いアート風の色味を出せます。23Kでは金の含有率は96%程度。他の金属の含有量によって色が変化します。京都の西陣織の伝統工芸師さんにお会いして、いろいろな素材を開発しました。
─ 『金箔という素材に注目したのはなぜですか?
プライベートブランドを企画するときに、イタリアやフランスの皮など面白い素材を探していました。その過程で金箔を貼った皮に出会ったんですね。そのとき「金箔って皮に貼れるんだ」と。それから自分なりに金箔を研究して、400年以上の歴史がある日本の「縁付け」という伝統技術にたどり着きました。
─ 「縁付け」は、どのような技術でしょう。
手すきの和紙の「雁皮紙(がんぴし)」に純金と銅など合金の箔を挟んで、丁寧に時間をかけて薄く叩いて延ばす製法です。日本の金沢では国内の金箔の98%を生産していることが分かり、実際に金沢に行って箔問屋や職人さんにお会いしてお話を聞いて、金箔を素材とした商品開発をしようと考えました。
─ バッグの形もユニークです。
これ、お茶を注ぐ急須(きゅうす)のモチーフなんですよ。取手の横の部分が開くんです。ほら。
南部鉄器の急須は、経済産業大臣指定の伝統的工芸品として保護されています。この急須をかたどったアルミ素材です。オートクチュールを手掛ける有名なデザイナーの方にデザインをお願いして、3Dプリンターでアートピースのプロトタイプを作って検討しました。古くからある様式美や伝統技術だけでなく、新しい先端技術も活用しています。
─ 『ESTARTE』ブランドには、どのような意味と意義があるのでしょう。
ブランドネームはEST(東)とARTE=ART(芸術)の造語です。日本の芸術製品を世界に発信する想いを込めました。「伝統と革新の融合」により「光の芸術」を演出します。ロゴのシンボルである菱形4つは、10センチメートルの正方形による金箔を象徴するとともに、コラボレーションの可能性として「×(乗算記号。かける)」を表しています。店舗や企業とコラボレーションの可能性に対する期待を表現しています。
金沢と京都で育まれた日本の伝統文化をパリで発信
─ グローバルに展開しようと考えた契機を教えてください。
金箔自体は金沢で生産しますが、金箔を貼ることは京都の伝統工芸師さんにしかできません。京都の伝統工芸師さんに、西陣織の技術を使ってオリジナルの柄を作ってもらっているうちに「こんなに素晴らしい柄ができるなら、これはもう海外に持っていくしかない。日本の伝統技術を世界に届けたい!」と考えました。
─ 第一歩はどのように始めましたか。
まず「洋からみた和」のイメージとは何かを考えました。ところが、海外の文化と日本の文化にギャップがあり、日本の金箔技術の希少価値を伝えることが困難でした。ただ、単に海外に日本の伝統文化を分かってもらうよりも大きな使命感がありましたね。
─ その大きな使命感とは何でしょう。
縁付けを初めて見たとき、金箔には豪奢(ごうしゃ)な雰囲気がありながら、どこか儚さを感じました。また、金沢ではお皿などの「民芸品・お土産品」というイメージが強かったことも残念でした。職人さんは年々減り、縁付けができる職人さんは現在20人ほど。全員65歳以上です。金沢で現状を知り、なんとかしなければ、と。
─ 技術継承を含めてサステナビリティ(持続性)を考えられたのですね。
そうです。金閣寺や西陣織に使われる代表的な日本の文化にも関わらず、金箔の伝統は衰退しつある現実を抱えていました。そこで国内外問わず多くの人に金箔の魅力を伝えて、今のものにしたい、さらに職人環境を整備して技術継承を維持する社会貢献の使命を感じました。
─ 日本の伝統文化を「守ること」でしょうか。
日本の伝統文化を守ることは「常に変化させること」と考えています。世代から世代へ受け継げられてきた伝統技術をそのまま伝えるのではなく、3Dプリンターなどのテクノロジーを駆使してモダンなファッションをデザインし、従来の価値とは違った魅力を訴求していくことが大切です。
─ なるほど。しかし、困難もあったのではないでしょうか。
ウエニ貿易では海外のブランドを日本に輸入するインポートが中心で、世界に向けて日本の伝統文化を発信する前例がありませんでした。どうやって売っていくか、価値を伝えるか、難しかったですね。情報発信拠点はパリだろうと考えました。やはりパリはファッションの中心です。パリにあるショールームに『ESTARTE』を置いてもらう方法で開拓しましたが、なにしろ無名ブランドを置いてもらえるほど甘くはありませんでした。パリに足を運んで、自分たちの想いを伝えました。1年ほどかかったでしょうか。2016年のパリ・コレクションのファッション・ウイークでデビューできました。
─ 結果はどうでした?
アメリカや中東から高い評価をいただきました。フランスはもちろん、イタリア、ドイツ、スペインなどのバイヤーやファッション関係者から称賛をいただいています。
「ゼロを1にする楽しさ」を追求する
─ プライベートブランド、やりがいありますね。
はい。プライベートブランドは誰も知らないので「ゼロを1にする楽しさ」があります。その楽しさを追求した結果が、『ESTARTE』として実ったと考えています。
─ 今後について教えていただけますか。
いまは日本の百貨店などで富裕層やラグジュアリー向けの展開をしています。カスタムオーダーは、お客様にとても喜ばれます。ウエニ貿易は新しいことに挑戦できる環境が整っているので、常に挑戦していたいですね。
1999年ウエニ貿易に入社。10年間は並行輸入の営業として従事。2009年以降は、ライセンスブランドやオリジナルブランドに携わり、バッグ専門店や百貨店の販路を開拓。商品企画開発やマーケティングまで行い、2016年に『ESTARTE』を立ち上げる。
「現場の声を大切にすること」が信条。